【GDC2019 特集⑥】アートディレクションブートキャンプレポート
アーティストのpです。
ついつい日々の業務にかまけて、なかなかブログには顔を出していませんでしたが、今年3月のGDCに参加してきたので、簡単なレポートをお送りします。
あまたでは毎年、各職種から何名かずつを選出してGDCへの出張を行っています。
今年は私も参加者の一人として選ばれたため、同僚達と一緒にサンフランシスコまで行ってきました。
移動時間も合わせればおおよそ9日間の出張。
私にとっては初の海外でもあったわけですが、英語話者の社員が二名同行している事もあり、滞在中は特に困る事も無く過ごせました。
現地では主にアーティスト向けのブートキャンプ等を中心としてセッションを聴講。
隙間時間でインディーズブースや企業ブース等を点々としたり、一日の終わりにはSFMOMAに足を延ばしたり、近所の画廊で中古の画集を掘り起こしたりして過ごしました。
出張全体通しての悲喜こもごもや、面白可笑しい話は他の方にお任せするとして、私の記事では聴講した中で特に気になったセッションを一つ取り上げ、ざっくり紹介したいと思います。
紹介セッション
Art Direction Bootcamp: Don’t Forget the Team: Directing Careers
Session Name: Art Direction Bootcamp: Don’t Forget the Team: Directing Careers
Speaker(s): Keith Self-Ballard
「GDCのレポート」と言うと、どうしてもSTADIAのような新プラットフォームだったり、最新技術の話だったり、あるいは
「GOTYを受賞した、あのAAAタイトルの!!」
「制作の裏側 大公開!!」
というような見た目も話題性もパワフルなセッションに目を引かれがちだが、その陰ではチームのディレクションやマネジメントのノウハウ、マインドセットの共有といった、地味ながらも重要なセッションが多数開催されている。
今回紹介するのも、そうしたいぶし銀なセッションの一つだ。
登壇したのはKeith Self-Ballard氏。業界経験20余年、MystやSaints Rowの制作に携わり、ブリザードのアートマネージャーも務めたベテランである。
本セッションは主にアートディレクターを対象として「チームメイトのキャリア構築にどういった貢献が出来るか」といった事を啓蒙する話なのだが、これがそのまま自分自身のキャリア構築にも転用出来るような内容で、ディレクターに限らず様々な立場のアーティストに還元可能なものだったので紹介しておきたい。
※以下内容は、講演内容を個人の解釈により日本語的表現でまとめ、見解・感想を述べたものです。正式な内容に関しましてはオリジナルをご確認ください。
Keith氏の「キャリアディレクション」についての考え方
さて、まずは簡単にKeith氏の「キャリアディレクション」についての考え方から触れて行こう。
実際の講演では、軽妙な口調で様々な例え話や冗談を交えての説明がなされており、それが説得力を増す要因にもなっていたのだが、その辺りを拾おうとすると文章が長大になってしまうので今回は要点だけ箇条書きにする。
◆アートにおいてそうであるように、キャリアにおいても「方向性」を定める事が重要である
◆アートディレクターはその経験から、方向性を定める際の良きガイドともなり得る
◆「方向性を指示する事」と「方向性の見つけ方を教える事」は全く違う。良きキャリアディレクションのためには後者の方法を採るのが理想的である
Keith氏によれば、良きキャリアディレクションとは相手の目の前に「鏡を掲げる」ようなものだという。「お前の進むべき道はこれだ!」と示し従わせようとするのではなく、「自己と向き合い、対話すること」を促し、本人が自ら道を見出すようなアプローチをするべきというわけだ。
…こう聞くだけだと「日常業務の中でそんな禅みたいな事やってられるか!」とも思われるかもしれないが、Keith氏によると、こういったアプローチをするにあたってはシンプルに「質問」という道具を用いる事が効果的だという。
良い「質問(Interrogate)」を行う事で、相手の今の状態を把握する事が出来るだけでなく、質問された側に「自己を振り返って考える契機」を与える事が出来る。
では、実際にはどのように質問を投げかければ良いのだろうか?
Keith氏はゲームアーティストのキャリアを大まかに3つの段階に分け、よくありがちな「不十分な想定」と、氏が「それぞれの段階のアーティストに対して投げかけている質問」について、実例を交えて解説を行った。
Early Career(若手)
引用:https://www.gdcvault.com/browse/gdc-19/play/1026237
まず最初に取り上げられたのは、俗に「Early Career(若手)」と呼ばれる層。
この層で陥りがちな「不十分な想定」は以下の二つだと言う。
・デカい事を成し遂げた(良い会社に就職出来た、良い学校を卒業出来た等)
・仕事はどんどんクリアになって行く
上記が「不十分な想定」である事は、実際にゲーム業界のアーティストとして1年も働けば、嫌という程実感出来るだろう。
さて、若手アーティストをこのような「不十分な想定」に留めさせないためには、例えばどのような質問を投げかければ良いだろうか?
Keith氏の紹介してくれた例は以下のようなものだ。
・何を学んで来たのか
これまで何に関心を持って取り組んで来たのか、今何が出来るのか把握する。
・(若手が)どんな質問をしているのか
熱意ある若手の一部は「どれだけ知識を詰め込めるか」を証明する事で自分の有能さをアピールしたがる傾向がある。でたらめに詰め込もうとするのでなく、ちゃんと的を射た意味のある質問をする事が重要だ。
・誰と仕事をしているのか
いつも同じ1~2人とだけやり取りしているようでは良くない。ゲーム制作は共同作業である。
・批評された時、どんな反応をしているか
Keith氏曰く、学校という環境ではあまり上手い批評は行われない。作者と作品は別物であること、
良い作品≠良いデータという事を理解していなければならない。
・どれくらいの時間オフィスに居るのか
自身の優秀さを示そうとする若手の中には、過度な残業をする人も居る。周知の通り、残業時間と仕事の成果は必ずしも比例しない。
こういった質問を投げかける事で、若手の今の状況を把握し、若手には自分自身の働き方について振り返らせると良いとの事。
Mid Career(中堅)
引用:https://www.gdcvault.com/browse/gdc-19/play/1026237
続いて、2番目に取り上げられたのは所謂「Mid Career(中堅)」とみなされる層。
「若手」同様、まずはこの層が陥りがちな「不十分な想定」が、幾分皮肉っぽく紹介された。
・より素早く(昇進する)
・よりスムーズに(昇進する)
これらが「不十分な想定」だとするのは、スピードやスムーズさでなく「中堅としての実体が伴っているか否か」を重視すべきという理由からだ。
「中堅」としての実体が伴っているかを判断するための質問としては、以下のような例があるという。
・何を教えているのか
自身が学ぶと同時に、他者の学びへの貢献が必要である。
・どうやって批評しているのか
若手の間は「批評のされ方」を心得ているだけで良かったが、中堅ともなれば批評の仕方にも注意を払わなければならない。
・何を目標としているのか
ここについては、次の項で触れる。
・主導権を握れているか
受け身でなく、自ら率先して行動出来ているか。
・どれだけプロフェッショナルなのか
※別のセッションで重点的に取り扱うとの事で割愛された
・変化にどう対応するのか
とかく変化の多い業界において、どのように変化と向き合っているか。
ざっと見た印象として、若手の頃は「自分の成長」に焦点が当たっていたが、中堅ともなると「自分+周囲の成長」といった目線を持てているかどうかが肝要と言うところだろう。
さて、続いて最後の「シニア」段階へ移る前に、中堅への質問すべき項目として挙がった「目標」について、詳しい解説が差し挟まれていたので紹介しておこう。
「目標」について、Keith氏は3種ほどに大別してモデルケースを紹介している。
Leadership
会議をリードしたり、スケジュールを管理したり、ドキュメントを纏めたりする、チームのまとめ役。(どの環境においても必要不可欠な役割のため、身近な存在だろう)
Technical Expertise
ツールの専門家。ツールに習熟し、良いツールを生み出し、共有する。テクニカルアーティストの上級版といったところ。
GURU
ずば抜けた能力で皆の尊敬を集める、カリスマのような存在。最も魅力的だが、「Leadership」と「Technical Expertise」双方の特徴を併せ持ちながら、誰よりも秀でたアウトプットを維持しなければならないため、図抜けて難易度が高い。
大まかにこの中から、この先どの目標に向かうかを考えるのも「中堅」段階では必要というわけだ。
Senior Career(シニア)
引用:https://www.gdcvault.com/browse/gdc-19/play/1026237
さて、最後に取り上げられたのは「Senior Career(シニア)」段階だ。
シニアにおいても、「不十分な想定」に陥りがちな事は変わらない。
・業界経験が長いこと
・運が良いこと
・最高のアーティストであること
といったものがシニアの陥りがちな「不十分な想定」である。
上記のような要素に意味がないとは言えないが、これらを持ち合わせてさえいれば「シニアアーティスト」として適しているのか、と問われれば、決してそうではない。
では、シニアアーティストに投げかける質問にはどのようなものがあるだろうか?
Keith氏は以下のような質問を例として挙げていた。
・貴方が影響を及ぼす事が出来る範囲は?
・どれだけ強い影響を与えているのか
・どうやって危機を乗り切るのか
総じて見ると「中堅」時に重視されていた要素を、如何に「より広範に」渡って、「より強く」体現出来るかといった感じだろうか。自分のみならず他の多くの人を高みにあげ、スタジオ全体を成長させるためにどのような影響を与えられるか、といった観点に立った質問となっている。
さて、こうして各キャリア段階における具体的な質問例、云わば「特に気にすべきポイント」が示されたわけで、あとはこういった質問を投げかけて行きつつ、各々に自分の進むべき道を見出して貰えば、めでたくキャリアディレクションの完成である。
「よーし、早速部下を実験体にしてみるぞ」と面談でもセッティングしたいところだが、氏はここで「待った」をかける。
Keith氏によれば、質問を使ったキャリアディレクションをするにあたっては「歪んだ鏡」に重々気を付けねばならないとの事。
些か詩的な表現だが、これは余計な「肩書」や「タイトル」といった鏡を歪める要素に惑わされず、自身の「価値観」をしっかり見据えて道を探すべき、という話だ。
Keith氏は自分自身を例に挙げ、
「自分はGDCのスピーカーバッジが欲しくてキャリアを積んできたわけではない」
「人と会う事や議論する事が好きで、多くの会社や学校に足を運び、いろんな業界人や学生と会って話をする事に価値を感じていた。そうした活動をしてきた結果の一つとして、GDCに呼ばれる事になった」
「もし”スピーカーバッジを手に入れる事”が私の目標だったなら、それを達成した今、この先の人生どうして良いか分からなくなっていただろう」
というような話をしてくれた。
セッションの初めで、Keith氏は「質問」という際に敢えて「Interrogate」という語を強調して用いていた。これは日本語で言うところの「尋問・取り調べ」にもあたる、強い意味の言葉だ。
Keith氏は「何も攻撃的に質問しろという意味ではない」と注意を入れてはいたが、つまりは質問する側もされる側も、ある種尋問に近いような徹底した掘り下げを行わないと「綺麗な鏡」すなわち、自分の「価値観」は見えてこないという事だろう。
Keith氏はセッションの中で、使いやすい具体的な「質問」を例として紹介してくれてはいるが、実践する際は表層的なやり取りで終わらないよう、より深いところまで掘り下げる必要がある。
時には本人でさえ意識していない、意識したくない部分にまで踏み込む事もあるだろう。
所謂メンタリングにも近いものがあるので「ちょっとやってみよう」といった温度感で行うのは難しいかも知れないが、各々が自分の「価値観」をしっかり見据え、自ら見つけ出した目標に向かって邁進して行く結果として、スタジオ全体のレベルが向上していく。
そんなディレクションやスタジオ作りに興味があるなら、Keith氏のディレクション術を試してみるのは如何だろうか。
最後に
アートディレクションブートキャンプのレポート、いかがでしたでしょうか?
「質問」によって、本人の内にあるものを引き出すというアプローチや、上から教えるのではなく本人自身に気付かせるという姿勢には、コーチングや教育の分野にも通底しているものを感じます。
「自身と向き合う」という行為は時に大変な辛さを伴いますが、人の一生を変える可能性すらある重要なプロセスです。
私自身も本セッション聴講を受けて、日々自分の「鏡」と向き合い続けながら、いずれは他の人に「鏡」を掲げられるような人間になりたいと思わされました。
…それでは、今回はこの辺りで!また次の記事でお会いしましょう~!
(p)
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